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こちらは京都のお寺、浄土宗大本山清浄華院が運営するホームページです。
- 2013.04.07 「松林院旧跡」碑が建立されました!!

伏見天皇皇孫清浄華院第八世敬法上人が建立した由緒ある塔頭松林院。清浄華院の筆頭塔頭として皇室や公家の信仰を集め、室町時代から日記史料などに頻繁に登場します。江戸時代には桃園天皇御母開明門院の菩提所となり勅願別院とも称されました。
天誅事件が起こるなど京都の治安悪化が深刻化した幕末、清浄華院には御所の警備を担当した熊本藩、徳島藩、会津藩、薩摩藩などの宿所の一つとなり、松林院には会津藩主で京都守護職となった松平容保公が自ら文久3年12月より半年ほど逗留しました。警護のため藩士も滞在し、容保公が出た後も慶應三年初頭まで多くの寄宿者がいました。
その中には蛤御門の変で目を痛めた山本覚馬もいたとされます。彼は後に京都府の行政官として活躍、妹の八重は同志社大学の創立者・新島襄の妻となり、彼自身も同志社の発展に尽くしました。他にも会津若松市市制発足に貢献した海老名李昌なども滞在しています。
ところが明治以降無住の期間が長くなり、清浄華院との兼帯が続いたため、平成になって統合され、建物は清浄華院の阿弥陀堂として転用されることになりました。
この由緒ある松林院の名跡を残すべく、今回碑が建立されました。
※旧松林院境内は佛教大学浄山学寮(宗門後継者養成施設)の敷地となっていますので、拝観できません。
※不動講行事はこちら
→New!! 2.3 浄山不動講 節分会 大護摩供
- 2013.5.11 能「泣不動」復曲上演の会主催による能「泣不動」復曲上演の会が開催されました!!

昨年開催された立命館大学能楽部OB有志による「奉納 謡曲・仕舞の会」において復曲された能曲「泣不動」。昨年は謡のみの上演でしたが、復曲に携わった青木道喜師により囃子や舞も揃えた能として改めて改作、上演されました。
御開帳された秘仏・泣不動尊像の前で、幻の能曲が数百年ぶりに蘇り、200人以上の観客を魅了しました。
- 2013.04.25 全国畳産業振興会さま発願による畳供養法要が厳修されました。

毎日生活の中で何気なく使用している畳に感謝し、供養する法要として、全国の畳業者が所属する全国畳産業振興会さまが発願されました。当日は古畳表を浄焚し、後に「縁起畳(半畳の敷き畳)」や記念品の配布もあり、沢山のご参列を頂きました。
- 2013.04.21~23 大本山清浄華院御忌大会が厳修されました!!
平成25年4月
大本山清浄華院御忌大会
21日(日)日中法要 唱導師 三河教区昌福寺 八木俊英上人
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22日(月)日中法要 唱導師 長野教区寬慶寺 水科善隆上人
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23日(火)結願法要 本山御法主 真野龍海台下 御親修
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元祖法然上人に報恩の誠を捧げる本山随一の大法要が厳修されました。沢山のご参列ありがとうございました。
また本年は本山の開創開山である慈覚大師の1150年大遠忌に当たり、慈覚大師に本山創建の勅命を下した清和天皇像を御開帳させて頂きました。合わせてお祀りされております村上天皇とともにご回向させて頂きました。
- 2012.03.22 春彼岸会・東日本大震災三回忌追善法要が厳修されました。
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春彼岸に当たり、ご法主台下御親修のもと彼岸会法要を厳修いたしました。合わせて東日本大震災三回忌のご回向と被災復興のご祈願を申し上げました。.jpg)
また、同日境内の介護老人福祉施設つきかげ苑施設内にて台下御出座のもと春彼岸会をお勤め致しました。
※『デジタル浄華』について。
本ホームページの前身である「デジタル浄華」ですが、24年6月1日を持ちまして本ホームページに完全移行し、「デジタル浄華」は完全閉鎖致しました。ご了承頂けます様お願い申し上げます。
2012.6.1
- 2011.06.1 不動信仰・不動講のページを開設しました。
- 2009.12.2 「第4回寺院運営セミナー」を行いました。
- 2009.8.5 浄華84(夏号)を更新しました。















